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文章

​― はじめに ―

 

絵描きとして活動を始めたので、絵だけを描いていくのかな?と思いましたが

ふつふつと、どうしても「言葉」で紡ぎたいという欲求が抑えられなくなりました。

「そもそも我慢する必要なんてあるのか」という根本的な疑問と、

「そろそろ時期がきたんだろう」という直観と、

「物語が生まれてしまったのでもう書かずにはいられない」

というのっぴきならない理由で、文章も書くことにしました。

「時期がきた」と書いたのは、カナダに住んでた頃に一生懸命英語を磨いていたら

微妙で繊細な日本語の文章表現が、頭の中ですっかり溶けて固まってしまって

言葉がでなくなってしまったからです。

記憶が混ざってあいまいになることを「記憶の糸がもつれる」とか、

「こんがらかる」とか、そういう表現をすることがありますが

私の失ってしまった日本語はそんな単純な、

糸をほどけば取り戻せるような失い方ではなくて

たとえば色とりどりの小さな飴玉の一つ一つが溶けて、

他の飴にくっついてそのまま一つにがっちりと固まって

もうどこからも手をつけられない、解体不可能、というようなものでした。

「四字熟語」を忘れたとか、「ことわざ」を忘れたとかなら、まだ勉強しなおして

取り戻すのも簡単だったと思うのですが、そういう参考書にも載らないような

ある一定のリズムに乗って淀みなく流れる日本語の表現を失ってしまったので

大好きだった「書く」ということから遠ざからずを得ない状況になっていました。

あと、これは副作用のようなものですが、ある文節を言おうとすると

少し似ている別の文節が「やっほー」と突然顔をだすので

続きがわからなくなってしまう、ということが頻繁にありました。

と、ここまで、重苦しく書いてしまいましたが

(実際に不便な思いや悲しい思いは多々ありましたが)

美しい日本語、忘れちゃったな、と自覚したときに 「ああ、やだなあ」

と心から思い、そしてその瞬間、どれだけ自分が書くことと

日本語という言語を愛しているかを実感したので、

私にとってはよい事件でした。(と思います、今となっては)

日本語を取り戻すために本も沢山読みましたし。

というわけで、これからは少しずつ書いていきます。

そして載せていきます。​

あと、個展や展示の会場で掲示していたご挨拶文も引っ張り出して載せたいと思っています。

それでは長文をお読みいただき、ありがとうございました。

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​2017.4.14 

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